大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9701号 判決

原告 矢代操

被告 甲野太郎

主文

被告は原告に対し金三〇万円およびこれに対する昭和四五年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

一  原告は「被告は原告に対し金四〇万円およびこれに対する昭和四五年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

二  原告は請求原因として次のとおり述べた。

1  原告は、昭和四一年四月一五日東京地方裁判所から破産を受けた日本ミリオン金銭登録機株式会社の破産管財人に同日就任し、昭和四八年九月一八日最後の計算報告集会を経て任務を終了した。

2  被告は、第二東京弁護士会(以下二弁と略称する)所属の弁護士であるが、右会社の破産管財人であった原告及外五名の債権者から委任を受けた原告から昭和四二年八月四日訴外阿部物産株式会社及同三盛事務機株式会社に対する約束手形額面合計金八、五八三、四一五円の約束手形返還請求訴訟(御庁昭和四二年(ワ)第一三、三八七号)の委任を受けた。

3(一)  その後、被告と三盛事務機との間に和解交渉が行はれ、昭和四三年九月七日第六回準備手続期日において、これが成立した。

(二)  そこで、被告は、二弁規則により、(1)弁護士として絶えず強い責任感を保たねばならないし、(2)又、委任者に対し事件の報告を遅滞なくしなければならない法律上の義務がある。

(三)  ところで、訴外阿部物産関係の訴訟進行状況について、被告は、原告に対し全然報告をしなかったため、原告は、昭和四四年七月二五日及同年一〇月六日の二回にわたり文書により被告に対し原告事務所所定の原告宛の事件処理の中間結果報告書の用紙を書留郵便物により夫々被告の登録事務所宛に送付して照会し、何れもその頃送達されたが、右二回分とも報告がなかった。

(四)  そこで、原告は、二弁に対し被告の事務所及び自宅を照会したところ、被告の登録事務所、住所についての登録事項変更届出がない旨の回答があった。更に、原告は、被告の実父及実弟宅に夫々連絡して見たが、それらの転居先も不明であった。又その後に判明した同事件の裁判所に届出のあった被告に対する送達場所である弁護士乙野次郎事務所にも照会したが、被告が何時同事務所に現はれるかわからないという返事であった。

(五)  原告は、その公務上及外五名の債権者からの信用を保持するため、同事件の記録を調査したところ、前記和解成立日以降における被告の期日の出頭状況は次の通りであることが判明した。

昭和四四年 四月一二日

第一〇回  不出頭

同年     六月七日

第一一回  同右

同年    八月二三日

第一二回  同右

同年    九月二〇日

第一三回  出頭

同年   一〇月一八日

第一四回  不出頭

同年   一一月二二日

第一五回  同右

昭和四五年 一月一七日

第一六回  同右

同年    三月一四日

第一七回  同右

同年     五月二日

第一八回  同右

(六)  よって、原告は、以上の如き被告の無責任極まる所為及報告を著しく怠った所為に心痛し、昭和四五年三月一六日文書により、被告に対し該事件処理の中間報告書及連続して数回期日に出頭しなかった理由書を書面送達後七日以内に各送付方を求め、且該回答のないときには、原告自らが訴訟続行する必要があるために、該事件記録及預け中の証拠書類一切の返還方を求める旨内容証明郵便物にて前記送達場所である乙野事務所宛に送付して照会し、その頃送達されたが、右書面は、その儘握り潰されて了まった。

(七)  さて、原告は、弁護士を解任し、懲戒の申立をすることは、こと弁護士の名誉、信用に係はることであるから、余程の事情がない限り避けるべきであり、殊に慎重を期して行うべきであるとかねがね思料していたのであるが、前記の通り昭和四四年七月から昭和四五年三月まで九ヶ月間、凡ゆる手段方法を尽したにも拘らず、被告の善処した形跡が全く見られなかった。その結果、原告において、いらざる手数がかかり、心労を蒙る許りであった。然も、該訴訟記録及書証が原告の手元に戻らなかったため、原告が出頭した左記期日の延十日間は、訴訟を実質的に続行することが不可能であった。

昭和四五年  三月一四日

同年      五月二日

同年     六月二〇日

同年     七月一八日

同年     九月一九日

同年     十月二〇日

同年     十月二七日

同年     一一月七日

同年    一一月二四日

同年    一二月二四日

よって、原告は、昭和四五年五月一日止むなく被告の訴訟代理人解任届を御庁に提出し、公務上及債権者五名に対する責任上、被告の右非行をその儘放置する訳に行かず、昭和四五年五月四日二弁会長上代琢禅に対し弁護士法第五八条一項により被告の懲戒を申立てたものである。

(八)  被告は、二弁綱紀委員会の調査を受けるや、昭和四五年一二月二三日事件記録及書証を、原告不在中に原告事務所に差置いて帰って了ったのみで、原告と面談して委任事務の引継をせず、ましてや一切の陳謝もせず、なお、訴提起日迄に何等の挨拶もしなかった。

(九)  被告は、昭和四八年一〇月一六日他の懲戒事件と併せて、二弁から業務停止五月に処せられたが、被告は、原告からの懲戒の申立が二弁綱紀委員会及二弁懲戒委員会に係属中においては勿論、その後本訴提起日までに原告に対し陳謝、示談の申出等を一切行はず、全く反省自戒の態度がなかった。

(十)  以上の通り被告は、二弁及原告に対しその所在を明らかにせず、長期間にわたり弁護士としての非行があり、これはとりも直さず、民法上の受任者としての善管注意義務及報告義務を怠ったことが明らかである。

そこで、被告は、右債務不履行により、委任者である原告に対し、前記の通り数々の照会、催促、二弁に対する懲戒の申立手続、該審査期日の出頭、その補充申立書の作成及被告の非行に対する懲戒の除斥期間の満了が一ヶ月に切迫するや日本弁護士連合会に対する弁護士法六一条一項の異議の申出手続並びに以上の事務についての附随的数多くの事務を夫々余儀なく為さしめ、これらに因る心労、心痛を与えて精神的損害を蒙らせたものである。(然も、被告は、受任者の責により解任されたものであるから、着手金一六五、九〇〇円の半額(訴外阿部物産分)は、委任者である原告に対して返還すべき債務もある。)

よって、被告は、原告に対し債務不履行による慰謝料支払義務があるものと言はねばならない。

4  被告に対する遅延損害金の起算日は、被告により累行された債務不履行のうち、最後の非行のあった前記三の(八)記載の被告が事件記録等を原告不在中に原告事務所に差置いて帰った日の翌日である昭和四五年一二月二四日とする。

5  よって、原告は、前記の慰謝料として被告に対し金四〇万円及昭和四五年一二月二四日以降夫々支払済まで年五分の割合による民事法定遅延損害金の支払を求めるため本訴を提起した。

三  被告は適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないので、原告の請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

理由

一  前記争のない事実によれば、被告は原告に対しその主張の委任事務の受任者としての義務を怠ったことにより原告が破産管財人であり、弁護士である訴訟事件の委任者として蒙った財産的損害のみならず、精神的苦痛に対しても損害賠償として慰藉料の支払義務を負うものといわねばならない。

(破産管財人としての慰藉料請求権はその任務を終了した現在結局原告自身に直接帰属するものとはいうことができる)。

二  しかして、右争のない事実および≪証拠省略≫を総合すると、破産管財人であり、又弁護士である原告から委託を受けた弁護士である被告の高度な職務上の義務、内容およびその重大な懈怠の態様およびこれによって原告の蒙った職務上の障害、遅延、これによって予期しなかった原告が事後に執らねばならなかった措置、これらによって受けた精神上の負担、管財人、弁護士としての信用について関係者から受けたいくらかの影響、金銭関係の清算未了、これらに対しとった事後の被告の態度等を総合して被告の原告に支払うべき慰藉料額は金三〇万円を以て相当と認める。

以上のとおりであるから被告は原告に対し右金三〇万円およびこれに対する昭和四五年一二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

三  よって、右の限度で原告の請求を正当として認容し、その余は理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例